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感覚系遺伝子の進化生態遺伝学

〜ヒト、野生霊長類、魚類の視覚とケミカルセンスに注目して〜


進化学的視点に立ってヒトという生物種を理解することはたいへん有用です。(主に) 非モデル生物の野生集団における遺伝的多様性とその生態への関連性を明らかにしていくことは、現在のヒトの遺伝的多様性の進化学的意義を再評価する上で必須の情報となります。視覚をはじめとする感覚系遺伝子の進化多様性の研究は近年の機能解析系の発展を背景としてその研究モデルとして大変優れています。

こうした問題意識の下に、私たちは分子生物学(集団DNA配列決定、遺伝子発現解析、in vitro 機能アッセイ)、生化学、集団遺伝学、分子進化学、行動生態学にまたがる学際的アプローチによって、次の研究プロジェクトを追求しています。

ヒト色覚多様性の起源とその進化学的成因の探究
ヒト、類人猿、旧世界ザル類をまとめて狭鼻猿類(きょうびえんるい)といいます。 狭鼻猿類は共通に長波長(
long wavelength)感受性のLオプシンと中波長(middle wavelength)感受性のMオプシンという光センサーの遺伝子をX染色体に並んで保有しています。常染色体にある短波長感受性のSshort wavelength)オプシン遺伝子とともに、これら3種類の光センサーによって、狭鼻猿類は「3色型」という色覚型を有します。3色型とは3種類のセンサーの出力の組み合わせによって色感が形成されるという意味です。ちなみに、霊長類以外の多くの哺乳類はLSの2種類のオプシン遺伝子しか持たず、これら2種類のセンサーによって色感が形成されるので2色型色覚です。狭鼻猿類は、集団全員が一様な3色型となることから「恒常的3色型色覚」であることが特徴です。しかし、実は、狭鼻猿類の中でヒトは「恒常的」の例外で、高頻度でL/Mオプシン遺伝子の欠失や融合が見られ、主にそれにより高頻度の色覚多様性を持っています。特に顕著な場合は「赤緑色盲」(2色型色覚)や「赤緑色弱」(顕著な変異3色型色覚)として知られ、一般には「色覚異常」とも呼ばれています。なぜ狭鼻猿類の中でヒトにだけこのような多型(たけい)が見られるのでしょう?私たちは次に紹介する新世界ザルでの研究から3色型が常に有利とは限らないことを明らかにしてきました。様々なヒト集団を対象に近年利用可能となったヒト集団ゲノムデータベースや私たち自身による遺伝子のDNA配列決定を通して、色覚多型の起源と進化学的成因を追及しています。

新世界ザルをモデルとした霊長類3色型色覚の進化学的研究
中南米に棲息するサル類は新世界ザル類と呼ばれ、狭鼻猿のグループには入らない、ヒトからはやや遠縁の霊長類です。新世界ザル類の
L/Mオプシン遺伝子はX染色体に1座位として存在し、対立遺伝子(アレル)としてLM、さらにそれらの中間といったバリエーションを持ちます。血液型のABOのようにLMを持っていると考えればよいでしょう。これによりX染色体を1本しか持たないオスはL/M系の1種類とSオプシンによる2色型となり、メスは2本のX染色体間でL/Mのタイプが違えばSオプシンと併せて全部で3種類のオプシンを持つので3色型となります。したがって新世界ザル類は2色型と3色型からなる顕著な色覚多型を示し、さらに種間でも色覚多様性のパターンが異なり、霊長類の3色型色覚の進化とヒトにおける色覚多型の進化学的意味を検討する上で極めて優れた研究対象となっています。私たちは中米コスタリカの調査地でオマキザル、クモザル、ホエザルという色覚の様相の異なる種を対象に野外調査を行ない、糞からの遺伝子分析や行動観察を通して、L/Mオプシン遺伝子に働く自然選択の検証や色覚と行動との関連を研究しています。



魚類をモデルとした色覚進化の適応的柔軟性の検討
哺乳類以外の脊椎動物は実は基本的に4色型色覚という極めて高度な色覚を持つことが知られています。それは脊椎動物の共通祖先の時代の浅瀬の海の中で進化し確立したと考えられます。魚類は多様な水中の光環境を反映して、脊椎動物の中でも特に多様な視覚システムを進化させてきました。したがって魚類は色覚の適応進化を研究する優れたモデルとなります。私たちは
グッピー、トゲウオ、メダカ、テトラ、ゼブラフィッシュなどを対象に、ゲノム中のオプシン遺伝子レパートリー、それらの発現パターン、オプシンの吸収波長などを研究しています。さらに、主にゼブラフィッシュを用いて、トランスジェニックフィッシュの作出などを通しオプシン遺伝子の発現制御メカニズムの研究を行なっています。

Tsujimura et al. 2011 PLoS Genet.

霊長類におけるケミカルセンスと視覚の共進化の検証
霊長類は色覚を進化させる代わりに嗅覚、味覚、フェロモン知覚などのケミカルセンスを退化させたとよく言われます。しかし、近年、霊長類の嗅覚受容体数は色覚の容態にあまり左右されないことや一部の化学物質に対しては霊長類は他の哺乳類より敏感であることなどがわかり、霊長類におけるケミカルセンスの重要性を再考する必要が出てきました。新世界ザル類は色覚の点で恒常的3色型の狭鼻猿類と恒常的2色型の一般の哺乳類の中間に位置するとも考えられ、そのケミカルセンサーの種内及び種間多様性を明らかにすることで、視覚とケミカルセンスの進化学的関係の解明に役立つと考えられます。私たちはまた、コスタリカの森林でサルたちが実際に食べている果実の匂い物質や味物質の同定にも取り組んでいます。





これら以外にも様々な関連する課題に取り組んでいます。お気軽にお尋ね下さい。

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