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感覚系遺伝子の進化生態遺伝学

〜ヒト、野生霊長類、魚類の視覚とケミカルセンスに注目して〜


進化学的視点に立ってヒトという生物種を理解することはたいへん有用です。非モデル生物の野生集団における遺伝的多様性とその生態への関連性を明らかにしていくことは、現在のヒトの遺伝的多様性の進化学的意義を再評価する上で必須の情報となります。視覚や嗅覚・味覚をはじめとする感覚系遺伝子の進化多様性の研究は近年の機能解析系の発展を背景としてその研究モデルとして大変優れています。

こうした問題意識の下に、私たちは分子生物学(集団DNA配列決定、遺伝子発現解析、in vitro 機能アッセイ)、生化学、集団遺伝学、分子進化学、行動生態学にまたがる学際的アプローチを展開しています。

霊長類における視覚とケミカルセンスの進化多様性と共進化
ヒトを含む霊長類は視覚の動物と言われてます。しかしこの見方は変わりつつあります。匂いや味物質は化合物なので、嗅覚や味覚はケミカルセンスと呼ばれます。色覚、嗅覚、苦味感覚、甘味・旨味感覚のセンサー(受容体)はそれぞれ、オプシン、嗅覚受容体(olfactory receptors: ORs)、TAS2Rs、TAS1Rsと呼ばれます。これらは Gタンパク質共役型受容体(G-protein coupled receptor: GPCR)に分類され、7回膜貫通構造をとります。 進化の過程でこれらの遺伝子は重複や欠失を繰り返し、霊長類でも分類群や種の間で多様化し、それぞれの食性や棲息環境に適応してきたと考えられます。これらの遺伝子、とくにORやTAS2Rは遺伝子数がとても多いため、種間のレパートリーの比較は長い間困難でした。しかし、近年の大規模並列DNA配列決定方法の進歩により、詳細な比較が可能となってきました。
 また、これらの受容体は培養細胞を使った類似の実験系で機能解析をすることができます。オプシンであれば応答する光の波長域が測定できますし、それにより、色覚の進化が研究できます。ケミカルセンサーではリガンドである味物質や匂い物質を同定することが可能で、種間でのそれらの相違や、進化の過程での変遷を知ることが可能です。
 さらに、野生の霊長類が実際に食べる果実などの反射光スペクトルや匂い物質や味物質を測定することで、果実の種子散布を促す植物側の戦略と食べる側の霊長類の感覚進化の相互作用を調べることができます。当研究室は長年主にコスタリカの国立公園で調査を行っており、これらの研究で成果を上げています。




ヒト色覚多様性の起源とその進化学的成因の探究
ヒト、類人猿、アフリカ・アジアのサル類をまとめて狭鼻猿類(きょうびえんるい)といいます。 狭鼻猿類は共通に長波長(
long wavelength)感受性のLオプシンと中波長(middle wavelength)感受性のMオプシンという光センサーの遺伝子をX染色体に並んで保有しています。常染色体にある短波長感受性のSshort wavelength)オプシン遺伝子とともに、これら3種類の光センサーによって、狭鼻猿類は「3色型」という色覚型を有します。3色型とは3種類のセンサーの出力の組み合わせによって色感が形成されるという意味です。ちなみに、霊長類以外の多くの哺乳類はLSの2種類のオプシン遺伝子しか持たず、これら2種類のセンサーによって色感が形成されるので2色型色覚です。狭鼻猿類は、集団全員が一様な3色型となることから「恒常的3色型色覚」であることが特徴です。しかし、実は、狭鼻猿類の中でヒトは「恒常的」の例外で、高頻度でL/Mオプシン遺伝子の欠失や融合が見られ、主にそれにより高頻度の色覚多様性を持っています。特に顕著な場合は「赤緑色盲」(2色型色覚)や「赤緑色弱」(顕著な変異3色型色覚)として知られ、一般には「色覚異常」とも呼ばれています。なぜ狭鼻猿類の中でヒトにだけこのような多型(たけい)が見られるのでしょう?私たちはコスタリカの調査地で行ってきた中南米に棲息するサル類である広鼻猿類(こうびえんるい)の研究から3色型が常に有利とは限らず、2色型には輪郭視における優位性があることを明らかにしてきました。様々なヒト集団を対象に近年利用可能となったヒト集団ゲノムデータベースや私たち自身による遺伝子のDNA配列決定を通して、色覚多型の起源、進化学的成因、適応的な意義を追及しています。

魚類をモデルとした色覚進化の適応的柔軟性の検討
哺乳類以外の脊椎動物は実は基本的に4色型色覚という極めて高度な色覚を持つことが知られています。それは脊椎動物の共通祖先の時代の浅瀬の海の中で進化し確立したと考えられます。魚類は多様な水中の光環境を反映して、脊椎動物の中でも特に多様な視覚システムを進化させてきました。したがって魚類は色覚の適応進化を研究する優れたモデルとなります。私たちは
トゲウオ、テトラ、ゼブラフィッシュ、メダカ、グッピーなどを対象に、ゲノム中のオプシン遺伝子レパートリー、それらの発現パターン、オプシンの吸収波長などを研究しています。さらに、主にゼブラフィッシュを用いて、トランスジェニックフィッシュの作出などを通しオプシン遺伝子の発現制御メカニズムの研究を行なっています。



これら以外にも様々な関連する課題に取り組んでいます。お気軽にお尋ね下さい。

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